
「ハードウェアウォレットに不正な部品」「シンガポール警察が注意喚起」。こうした見出しを見て、ハードウェアウォレットは安全な置き場所のはずでは、と調べに来た人に向けた記事です。
先に、この記事が渡すことを1つだけ書きます。
今回の話は、偽物の端末ではなく、本物の端末に流通の途中で部品を仕込まれた、というものです。本物かどうかの確認(Genuine Check)だけでは、仕込まれた部品を見つけきれません。だから使う前に、①買う場所(公式サイトか正規販売店か)、②届いた箱と端末(開けられた跡・最初から付いている復元フレーズやPIN・頼んでいない交換品)、③復元フレーズを端末の外に入力しない・誰にも教えない、の3つを押さえます。
根拠にしたのは、シンガポール警察の発表(2026年10月28日)と、端末を作っているレジャー(Ledger)社の説明(10月15日)、同社の「安全に買う」ための案内です。どれも記事の最後にリンクを置いています。英語の資料の訳は当校によるものです。
※ 情報提供のみを目的としています。特定の製品や販売店を勧めたり、比べたりするものではありません。部品の仕組みや手口の細部には触れません。
目次
塾長とミサキ
十月最後の金曜の昼休み。会社の休憩室で電子レンジが鳴るのを待ちながら、ミサキは朝に読んだニュースを開き直し、塾長にメッセージを送った。
ミサキ
ミサキ
塾長レンジの音が鳴ったが、ミサキは取りに行かずに、ニュースの段落を読み直した。
ミサキ
ミサキ
塾長
ミサキ
塾長1. 何が起きたか:シンガポール警察の発表
シンガポール警察は2026年10月28日、改ざんされたレジャー製のハードウェアウォレットについて、注意を呼びかけました。
Since 10 September 2026, at least two cases have been reported, with total losses amounting to about $3.5 million.
2026年9月10日以降、少なくとも2件が届け出られ、損失の合計は約350万ドルにのぼる(当校による訳)
発表の表記は「$3.5 million」です。国内の報道(CoinPost、10月29日)は、これを約350万シンガポールドル、約4.3億円としています(円への換算はCoinPostによるものです)。
何が見つかったのかは、こう書かれています。
Preliminary investigations revealed that Ledger cryptocurrency hardware wallets purchased from some retail stores in Singapore contained malicious hardware components.
初期の捜査で、シンガポールの一部の小売店で買われたレジャーのハードウェアウォレットに、不正な部品が入っていたことが分かった(当校による訳)
続く文では、その部品が利用者の復元フレーズ(recovery phrase)や秘密鍵を読み取ることができ、そのせいで、他人が利用者のウォレットに入り、本人が知らないうちに、同意もなく資産を移せてしまう、と説明しています。警察はレジャーと連絡を取っていて、レジャーが被害の事例を調べていること、警察の捜査が続いていることも書かれています。
ここで、言葉を2つだけ整理します(当校の説明です)。
- ハードウェアウォレット:この記事では、レジャーが売っている端末を指します(レジャーの案内では「Ledger signer」と書かれています)。
- 復元フレーズ:レジャーの案内では、初期設定のときに端末の中で作られる24語の言葉です(案内の英語では Seed Phrase・Secret Recovery Phrase)。警察の発表のとおり、これを知られると、他人に資産を動かされるおそれがあります。
2. レジャーの説明:偽物ではなく、本物に途中で手を加えた
レジャーは、警察の発表より前の10月15日に、自社のブログで何が起きたかを説明しています。
they bought genuine Ledger devices, opened them, fitted custom-built hidden components designed to capture the recovery phrase during setup, and put them back into distribution through resellers in South East Asia.
(犯罪グループは)本物のレジャーの端末を買って開け、初期設定のときに復元フレーズを読み取るように作った隠れた部品を取り付け、東南アジアの販売店を通じて流通に戻した(当校による訳)
ポイントは、端末そのものは本物だったことです。レジャーは、自社のチップ・OS・サーバーに欠陥は無く、狙われたのは出荷した後だとして、こう書いています。
This was an attack on the distribution channel after the devices left our control.
これは、端末が当社の手を離れた後の、流通経路への攻撃だった(当校による訳)
「偽物」と「改ざん」は別のもの
レジャーの購入の案内(2026年3月に公開され、9月18日に更新されたページで、今回のブログや警察の発表より前のものです)は、この2つを分けて書いています。
| どんな端末か | レジャーの案内の言葉(当校による訳) | |
|---|---|---|
| 偽物 | 見た目を似せて作った、別の機械 | レジャーの端末の見た目をまねて作った、にせの複製(原文:A counterfeit device is a fake replica built to mimic a Ledger signer’s appearance.) |
| 改ざんされた端末 | 本物の端末に、工場を出た後で手を加えたもの | 本物のレジャーの端末で、工場を出た後に部品へ手を加えられたもの(原文:A tampered device is a genuine Ledger signer whose hardware has been modified after leaving the factory.) |
この記事の題の「改ざんされたハードウェアウォレット」は、下の行のことです。今回の件も、レジャーの説明では下の行に当たります。
レジャーがしたこと
レジャーのブログによると、同社は次のことをしています。
- 東南アジアと香港の正規販売店・代理店に、販売の一時停止を求めた。
- 正規の販売網に、レジャーの製品を店頭の棚や展示に置かず、在庫は奥に保管して、買うときに手渡すよう求めた。
- 返品された端末は、新品・未開封に見えても、どんな形でも再び売ってはいけない、という決まりをあらためて伝えた。
- ドイツなどの店で端末を買って開けたり、倉庫の見本や自社の在庫を調べたりしたが、問題のある端末は見つからなかった、としている(レジャー自身の調べです)。
店頭に並べない、返品を売り直さない、という決まりから、レジャーが、誰でも手に取れる売り場や、一度だれかの手に渡った品を、手を入れられる隙として見ていることが読み取れます(当校の読みです)。
では、本物の端末に部品を足されたとき、買った人の側で見つけられるのか。ここで1つ予想してください。
先に予想してください:本物の確認に通れば、安全?
レジャーの端末には、初期設定のときに公式のアプリで本物かどうかを確かめる「Genuine Check(ジェニュイン・チェック)」があります。
この確認で「本物」と出たら、その端末には今回のような部品が入っていない、と言えるでしょうか。
A 言える。本物と確かめられたなら、中に何か足されていれば分かるはず
B 言えない。本物と出ても、足された部品が無いとまでは分からない
場面のミサキが最後に聞いたのも、この問いです。AかBかを決めてから、次の章を読んでください。
3. 答え合わせ:Genuine Checkが確かめていること
レジャーの案内は、Genuine Checkが何を確かめるのかを、こう書いています。
It confirms that the device contains a genuine secure element
端末の中に、本物のセキュアエレメント(チップ)が入っていることを確かめる(当校による訳)
工場でチップに入れた鍵を使って、チップが本物かどうかを確かめる仕組みで、箱や見た目をどれだけ本物らしくしても、これはごまかせない、と案内は説明しています。そのうえで、すぐ後にこう続けます。
However, note that it cannot detect unauthorized physical modifications to the hardware—such as spying implants—if the original Secure Element remains intact.
ただし、元のセキュアエレメントがそのまま残っていれば、盗み見るための部品のような、許可のない物理的な改造は見つけられないことに注意してほしい(当校による訳)
答えはBです。 Genuine Checkは「チップが本物か」を確かめるもので、本物の端末に後から足された部品までは見つけきれません。案内は、元のチップがそのまま残っていれば、のぞき見る部品のような後からの手の加え方をGenuine Checkは見つけられない、と書いています。なお、今回の端末がGenuine Checkでどう表示されたかは、警察もレジャーも書いていません。
ただし、Genuine Checkが要らない、という話ではありません。レジャーの案内は、初期設定のときに、公式のサイトか公式のアプリストアから入れたアプリで、必ずGenuine Checkをするよう書いています。偽物の端末を見分けるのは、この確認の役目だからです。
Genuine Checkは必要。でも、それだけでは足りない。 案内はその理由を、こうまとめています。
Ledger’s Genuine Check confirms authenticity, but cannot verify the device’s physical supply chain history.
Genuine Checkは本物であることを確かめるが、その端末がどこを通ってきたか(物としての流通の経歴)までは確かめられない(当校による訳)
どこを通ってきたかは、端末の中を見ても分からない。だから、端末の外で確かめることが残ります。それが次の3つです。
4. 使う前に確かめる3つ
この章の①・②と、3章のGenuine Checkは、レジャーの案内に書かれていることです。③は、レジャーの案内と警察の発表の両方に書かれています。ほかの会社の端末を買う・使う人は、その会社の公式の案内で同じ点を確かめてください(当校の提案です)。
① 買う場所:公式サイトか、正規販売店か
レジャーの案内は、こう勧めています。
To enhance product authenticity and supply chain integrity, we encourage consumers to purchase via Ledger.com or an Authorised Reseller.
本物であることと流通の確かさを高めるため、Ledger.comか正規販売店(Authorised Reseller)で買うことを勧める(当校による訳)
レジャーは正規販売店の一覧を公式サイトに載せています。買う前に、その店が一覧に載っているかを確かめます。通販サイトについては、同じ商品ページに複数の売り手が出ることがあるため、カートに入れる前に売り手の名前を公式の一覧と見比べるよう、案内は書いています(案内ではAmazonを例にしています)。
ただし、公式や正規販売店で買えば何も起きない、とまではレジャーも書いていません。案内には「世界中のどんな流通網も、高度な横取りや改ざんの攻撃から完全に免れることはない」という断り書きがあります(当校による訳)。買う場所は危険を減らす方法の1つで、②・③と組み合わせて使います。
なお、シンガポールで被害が出た「一部の小売店」が正規販売店だったかどうかは、警察の発表にもレジャーの説明にも書かれていません(6章)。
② 届いた箱と端末:3つの「使わない」
レジャーの案内には、届いたときに見る所が3つ書かれています。どれかに当たったら、その端末は使いません。
箱に、開けられた跡がある。 箱が開けられた、手を加えられたように見えるときは、その端末を使わず、すぐにレジャーのサポートに連絡する、と案内は書いています。
最初から、復元フレーズやPINが付いている。
A legitimate Ledger device never comes with a recovery phrase or PIN code pre-configured.
正規のレジャーの端末に、復元フレーズやPINが最初から設定されて付いてくることは無い(当校による訳)
復元フレーズは、初期設定のときに端末の中で作られるものです。カードや説明書に言葉が書いてあったら、その言葉は使わない。PIN(端末を開くための暗証番号)が付いていた場合も同じです。案内は、こうした端末はそもそも使わないよう勧めています。
頼んでいない「交換品」が届いた。 レジャーは、頼まれていない交換品を送ることは無い、と書いています。注文していない端末が届いたら、つながない。案内は、本物らしい箱と、社長を名乗る手紙つきの「交換品」が届き、仕込まれた不正なアプリに24語の復元フレーズを入力した人が、30分ほどで約7万8,000ドルを抜き取られた例(2021年5月)を挙げています。
③ 復元フレーズは、端末の外に入力しない・誰にも教えない
レジャーの案内は、こう書いています。
a genuine Ledger signer never asks you to enter your recovery phrase on a computer, phone, app, or website.
本物のレジャーの端末が、パソコン・スマホ・アプリ・Webサイトに復元フレーズを入力するよう求めることは無い(当校による訳)
復元フレーズ(レジャーの端末では24個の言葉)は、初期設定のときに端末の中で作られ、付いてくる記録用の紙(または自分で決めた安全な方法)に書き留めるだけのものだ、と案内は書いています。何かに入力を求められたら詐欺だ、とも書いています。
教える相手についても、シンガポール警察ははっきり書いています。
Do not share your private keys, recovery or seed phrases with anyone, including persons claiming to represent hardware wallet providers, cryptocurrency exchanges or law enforcement agencies.
秘密鍵や復元フレーズ(シードフレーズ)は、だれにも教えない。ハードウェアウォレットの会社、暗号資産の取引所、警察などを名乗る相手であっても(当校による訳)
5. もう使っている人へ:疑わしいとき・漏れたかもしれないとき
シンガポール警察は、すでに端末を使っている人に向けて、次のように呼びかけています。
- 改ざんが疑われる端末には、暗号資産を置かない。 その端末では復元フレーズを入力せず、取引もしない。
- 端末の会社の、公式のサポートの窓口に連絡する。
- 復元フレーズや秘密鍵が漏れたかもしれないと思ったら、残っている資産を移すことを考える。移す先は、問題の無い端末で新しく作った復元フレーズの、新しいウォレットにする。
- 端末の会社が出す公式の注意喚起を見て、新しい情報を確かめる。
もう1つ、警察が注意しているのが便乗です。
Be wary of unsolicited messages offering wallet verification or recovery assistance.
頼んでいないのに届く、ウォレットの確認や復旧の手伝いを持ちかけるメッセージに注意する(当校による訳)
たとえば「あなたの端末は対象です。確認のために復元フレーズを」といった連絡が、これに当たります(例は当校によるものです)。4章の③のとおり、名乗る相手が会社でも取引所でも警察でも、復元フレーズは教えません。連絡を取るときは、届いたメッセージのリンクからではなく、自分で調べた公式の窓口から取ります(この手順は当校の提案です)。
6. まだ分からないこと
- 被害が出た店の名前と、端末の機種。 警察の発表には書かれていません。
- 被害が出た「一部の小売店」が、正規販売店だったか。 警察は「シンガポールの一部の小売店」、レジャーは「東南アジアの販売店」と書いていて、どちらも正規販売店かどうかには触れていません。
- 被害の広がり。 警察の発表はシンガポールの少なくとも2件です。レジャーは東南アジアの販売店を通じて流通に戻されたと説明していますが、被害の件数や額は書いていません。この記事が使う被害の数字は、警察の発表にある2件・約350万ドル(発表の表記は「$3.5 million」。CoinPostはシンガポールドルとして伝えています)だけです。
- 部品の仕組みの細部。 レジャーは、今後さらに詳しく公表するとしています。この記事では扱いません。
- 日本で買われた端末に、同じ被害があるか。 今回読んだ一次情報には書かれていません。
- 日本の金融庁・警察庁などによる、同じ件の注意喚起。 この記事では見つけられていません。
塾長とミサキ(続き)
その夜、ミサキは家で、昼に塾長と読み始めたレジャーの案内を、翻訳しながら最後まで読んだ。
ミサキ
ミサキ
塾長
ミサキ
塾長今日の確認
- 買う予定がある人:公式サイトか、公式の一覧に載っている正規販売店で買う。通販では、売り手の名前を一覧と見比べる。
- 届いたとき:開けられた跡、最初から付いている復元フレーズやPIN、頼んでいない交換品。どれかがあれば使わず、メーカーの公式サポートに連絡する。
- 初期設定のとき:Genuine Checkは公式のアプリで行う。ただし「本物」と出ても、それだけで安心しない。
- いつでも:復元フレーズを、パソコン・スマホ・アプリ・Webサイトに入力しない。誰にも教えない。相手が会社・取引所・警察を名乗っても同じ。
- もう使っていて、疑わしいとき:5章のとおり、その端末を使うのをやめ、公式の窓口に連絡する。
この記事の一次情報と確認日
下の資料は、本文を取得して保存した写しと引用を照合しています(確認日:2026年10月30日)。英語の資料の訳は当校によるものです。
一次情報
- Police Advisory On Tampered Cryptocurrency Hardware Wallets(シンガポール警察、2026年10月28日):9月10日以降に少なくとも2件、損失の合計は約350万ドル($3.5 million)。シンガポールの一部の小売店で買われたレジャーの端末に不正な部品(初期の捜査)。部品が復元フレーズや秘密鍵を読み取り、他人が資産を移せること。警察はレジャーと連絡を取り、捜査は続いていること。疑わしい端末に資産を置かず、復元フレーズを入力せず、取引もしないこと。公式のサポートへの連絡。漏れた疑いがあるときの新しいウォレットへの移し方。端末の会社の公式の注意喚起を見ること。会社・取引所・警察を名乗る相手にも復元フレーズを教えないこと。頼んでいない確認・復旧の申し出への注意。
- Ledger’s Response to the Hardware Implant Attack(レジャー公式ブログ、2026年10月15日):本物の端末を買って開け、初期設定で復元フレーズを読み取る部品を取り付け、東南アジアの販売店を通じて流通に戻したこと。チップ・OS・サーバーに欠陥は無く、出荷後の流通経路への攻撃だったこと。東南アジアと香港での販売の一時停止。店頭に置かず手渡しにすること。返品の再販売の禁止。店や倉庫・在庫の調べで問題のある端末は見つからなかったこと。今後さらに詳しく公表すること。
- Best Practices To Securely Buy Your Ledger Signer(レジャー公式 Academy、2026年9月18日更新):Genuine Checkが確かめること(本物のセキュアエレメント)と、確かめられないこと(チップが本物のままの物理的な改造、流通の経歴)。初期設定で公式のアプリでGenuine Checkをすること。公式サイトか正規販売店で買うこと、正規販売店の一覧、通販での売り手の名前の確かめ方。どの流通網も改ざんから完全には免れないという断り書き。開けられた箱は使わず連絡すること。最初から復元フレーズやPINが付いてくることは無いこと。頼んでいない交換品は送られないこと(2021年5月の例)。復元フレーズを端末の外に入力させることは無いこと。偽物と改ざんされた端末の違い。
報道(二次情報)
- レジャー製ウォレットの不正部品で約4.3億円被害、シンガポール警察が報告(CoinPost、2026年10月29日):被害額を約350万シンガポールドル(約4.3億円)とする換算。場面でミサキが読み上げた文(「正規のレジャー製デバイスを購入・開封し」「東南アジアの販売代理店網を通じて流通させていた」)。
この記事が確認していないこと
- 被害が出た店の名前・端末の機種、その店が正規販売店だったか
- 部品の仕組みの細部(レジャーは、今後さらに詳しく公表するとしている)
- シンガポール以外を含めた被害の件数・額(報道の推計は使っていない)
- 日本で買われた端末に同じ被害があるか
- 日本の金融庁・警察庁などによる同じ件の注意喚起
この記事は情報提供のみを目的としており、特定の製品・販売店・サービスへの登録・購入・利用を勧めるものではありません。
連載「ミサキの0からクリプト」
暗号資産をまだ買ったことのない会社員のミサキが、塾長に質問しながら一つずつ確かめていく連載です。第0話から読む →








