research-2026-wrench-attack

「レンチ攻撃」という言葉を暗号資産のニュースで見かけて、何のことだろうと調べに来た人に向けた記事です。

先に、この記事が渡すことを1つだけ書きます。

暗号資産は、暗号を破られなくても、持ち主を脅せば奪われることがあります。その入口になるのは「持っていると知られること」です。まず、自分が保有額や取引の記録を人に見せていないかを確かめてください。

根拠にしたのは、ブロックチェーンのデータを扱う会社 Chainalysis が2026年8月6日に出したレポート、「5ドルのレンチ」が出てくる漫画(xkcd)、ハードウェアウォレットのメーカー Trezor の公式ヘルプです。どれも記事の最後にリンクを置いています。英語の資料の訳は当校によるものです。

※ 情報提供のみを目的としています。特定のサービスや商品の利用は勧めません。

塾長とミサキ

夜、ミサキから塾長にチャットが届いた。SNSの投稿を写した画像がついている。知らない誰かの投稿で、暗号資産のアプリの画面に大きな金額が写り、「勝てた」と一言そえてあった。

ミサキミサキ
「塾長、こういうの、よく流れてくるんです。知らない人なんですけど。……いいなあ。私もいつか買ったら、一回くらい載せちゃいそうです」
塾長塾長
「金額まで写して、か」
ミサキミサキ
「記念ですよ、記念。ビットコインって暗号で守られてるんですよね。見せるくらい、平気じゃないですか」
塾長塾長
「暗号を破らなくても、中身を持っていく方法はあるんだ。何だと思う」
ミサキミサキ
「え、待ってください、当てます。……後ろからパスワードをのぞき見する、とか」
塾長塾長
「近い。もっと乱暴なやり方だ。本人に開けさせる」
ミサキミサキ
「開けさせるって……。脅して、ってことですか」
塾長塾長
「そう。レンチ攻撃と呼ばれてる」
ミサキミサキ
「……そんなの、どうやって守るんですか」
塾長塾長
「まずは、持っていることを人に知られない工夫からだ。怖がる前に、どれくらい起きているのか、資料で見てみよう」

1. レンチ攻撃とは:暗号を破らず、持ち主に開けさせる

Chainalysisは、レポートの「よくある質問」の欄で、レンチ攻撃をこう説明しています。

A wrench attack is a physical attack in which someone uses violence, or the threat of violence, to force a cryptocurrency holder to hand over their assets — for instance, by coercing them to unlock a wallet or transfer funds under duress.

レンチ攻撃とは、暴力や暴力の脅しによって、暗号資産の持ち主に資産を差し出させる物理的な攻撃のこと。たとえば、脅してウォレットのロックを外させたり、送金させたりする(当校訳)

同じ欄によると、実際には、自宅への押し入り、誘拐、人質を取る事件などがこれに含まれます。

ネットの向こうからパスワードを盗んだり、仕組みの弱いところを突いたりするのではありません。持ち主本人に、自分の手でウォレットを開けさせ、送金させるのがレンチ攻撃です。

呼び名について、Chainalysisは、「5ドルのレンチ」が出てくる、セキュリティの世界でよく知られた考え方から来ている、と書いています。どんな考え方なのかは、4章の二択で確かめます。

なぜ、暗号資産の持ち主なのか

Chainalysisは、犯罪者が暗号資産の持ち主を価値の高い標的と見るようになった理由として、すぐに、取り消せない形で送れる財産を持っていることを挙げています。

また、銀行の金庫や現金輸送車のように、これまで財産を守ってきた物理的な守りが、暗号資産にはそのまま当てはまらないとも書いています。自分で管理するウォレットのような置き方では、銀行のように間に立つ機関がいない、という説明です。

場面のミサキは「暗号で守られているから、見せるくらい平気」と考えました。けれど、レンチ攻撃は暗号を相手にしていません。相手にしているのは、持ち主のほうです。

2. どれくらい起きているか

Chainalysisのレポートにある、世界の数字です。

項目Chainalysisの数字
2025年に奪われた額5,800万ドル(年間で記録上もっとも多い)
2026年に奪われた額約3,000万ドル(2026年半ばまで)
2026年の件数46件(2026年6月下旬まで。2025年の同じ時期は40件)
事件全体のうち、自宅への押し入りの割合2026年は37%(2023年は26%)

期間の区切り(「半ばまで」「6月下旬まで」)は、レポートの書き方のままです。読むときの注意が3つあります。

  • 公に知られた事件の数字です。 奪われた額は、持ち主が実際に資産を差し出した事件の分です。Chainalysisは、届け出られない事件も多く、本当の合計より少なく出ている可能性が高いとしています。
  • 数そのものは多くありません。 同じレポートは、暴力をともなう暗号資産の事件は、数で見ればまれな出来事だとも書いています。当校は、この数字を「多くの人に起きている」ことではなく、「起き方が変わってきている」ことを読むために使います。
  • 日本の数字はありません。 この記事の調べでは、警察庁・金融庁などの公的な発表で、日本国内のレンチ攻撃の件数や事例は見つかりませんでした。表はすべて世界の数字です。

では、何が変わってきているのか。次の章で見ます。

3. 何が入口になるのか:外に出た情報から選ばれる

Chainalysisは、調べた事件について、こう書いています。

Most incidents we assessed were premeditated, with victims selected through exposed information, whether from data breaches, social-media activity, or insider knowledge.

私たちが調べた事件の多くは計画的で、被害者は、情報漏えい、SNSでの発信、内部の人が知っていた情報など、外に出てしまった情報から選ばれていた(当校訳)

持ち主の側に向けては、こう書いています。

Publicly disclosing cryptocurrency holdings, whether through social media, conference appearances, or on-chain activity linked to known identities, can make individuals targets.

暗号資産を持っていることを公にすると、それがSNSであれ、イベントへの登壇であれ、本人と結びついたブロックチェーン上の取引の記録であれ、狙われる理由になりうる(当校訳)

入口は「暗号の弱さ」ではなく、「この人は持っている」と分かってしまう情報だということです。ほかにも、次のようなことが書かれています。

近くに住む人が選ばれている。 事件の件数が十分にある国では、被害者の大半は旅行者ではなく、その土地に住む人でした。たとえばアメリカでは77%です。Chainalysisは、これを、SNSの監視、ブロックチェーンのデータの分析、漏れた情報、内部の人からの知らせなどによる、下調べと計画があることをうかがわせるもの、と見ています。

家族も狙われる。 2026年の初めには、家族や知人を狙った事件が全体の約25〜30%になっていました。2021年には、ほぼ0だった割合です。持ち主本人ではなく、まわりの人を通して圧力をかけるやり方です。

自分では出していない情報が漏れることもある。 Chainalysisは、フランスで事件が大きく増えた原因として、情報漏えいがもっとも疑われると書いています。2024年、パリ周辺の税務職員が、資産の多い暗号資産の持ち主たちの資料(氏名・住所・保有額・電話番号・税の記録)を盗んで売ったとされる件です(疑いの段階の話として書かれています)。

最後の例は、本人がSNSで何も言っていなくても、税の手続きなどで出した先から情報が漏れうることを示しています。自分で防げる入口と、防ぎきれない入口の両方がある、ということです。そのうえで、自分で防げる方を見ていきます。

4. 自分でできる守り方

先に予想してください

ウォレットのパスワードを、誰にも推測できない長く複雑なものにしておけば、レンチ攻撃は防げるでしょうか。

A 防げる(強いパスワードなら、相手はウォレットを開けられない)

B 防げない

決めてから、先へ進んでください。

答えはBです。1章で後回しにした、呼び名のもとの考え方を、Chainalysisはこう書いています。

The term comes from a well-known security concept: no matter how strong the encryption, an attacker can bypass it by threatening the victim with a “$5 wrench.”

この呼び名は、セキュリティの世界でよく知られた考え方から来ている。どれだけ暗号が強くても、攻撃者は「5ドルのレンチ」で被害者を脅すことで、暗号を回り込める(当校訳)

「5ドルのレンチ」が出てくる漫画(xkcd「Security」)は、暗号化されたパソコンを前に、高価な計算機を組んで暗号を解こうとする「暗号好きの想像」と、5ドルのレンチで本人に痛い目を見せてパスワードを言わせる「実際に起きること」を並べています。

Aの「相手は開けられない」は、そのとおりです。けれど、レンチ攻撃では、開けるのは相手ではなく、脅された持ち主本人です。パスワードがどれだけ強くても、本人が知っている限り、言わされるおそれがあります。

これは、パスワードを弱くしてよいという話ではありません。ネットの向こうからの攻撃と、レンチ攻撃とでは、守る場所が違う、と当校は整理しています。

Chainalysisが挙げる4つの守り方

Chainalysisは、持ち主ができることを、こうまとめています。

Avoid publicly disclosing holdings, use secure custody arrangements, be cautious about linking on-chain activity to real-world identity, and consider physical security measures appropriate to your risk profile.

保有を公にしない。安全な保管の方法を使う。ブロックチェーン上の取引と、現実の身元を結びつけることに気をつける。自分の状況に合った物理的な防犯を考える(当校訳)

この中に「パスワードを強くする」はありません。4つを、初心者が今日できる行動に言い換えると、次のようになります(右の列は当校の言い換えです)。

Chainalysisの守り方初心者の行動に言い換えると
保有を公にしないSNSに、残高や損益の画面、「〇〇円持っている」という投稿を載せない。過去の投稿も見直す
安全な保管の方法を使うChainalysisは具体的な方法までは書いていません。ハードウェアウォレットを買う前・使う前の注意は、記事の最後の当校の関連記事にまとめています
取引と身元を結びつけない自分のウォレットのアドレスを、名前や顔が分かるアカウントに載せない
自分に合った防犯を考える持っている額や、持っていると知られている度合いに合わせて考える。この記事では具体的な防犯の方法は勧めません

1つ目と3つ目は、どちらも3章の「入口」をふさぐものです。お金も道具もいらず、今日から見直せます。

5. パスフレーズの「別のウォレット」は上級者向け

Trezorのハードウェアウォレットには、パスフレーズを使って、もう1つ別のウォレットを作れる機能があります。レンチ攻撃の話と一緒に、この機能を目にすることがあるかもしれません。Trezorの公式ヘルプは、この機能をこう説明しています。

The passphrase is an optional advanced feature that lets experienced users create additional wallets that require a custom passphrase to access.

パスフレーズは、慣れた利用者が、自分で決めたパスフレーズを入れないと開けない別のウォレットを作れる、任意の上級者向けの機能(当校訳)

同じページには、強い注意も書かれています。

If you lose your passphrase, you lose access to your passphrase wallet and its funds.

パスフレーズをなくすと、そのウォレットにも、中の資産にも、触れられなくなる(当校訳)

同じページは、パスフレーズは変えることも、消すことも、取り戻すこともできないとも書いています。そして、メーカー自身がこう書いています。

Consider your needs before using this feature. It is optional and advanced, and not recommended unless you fully understand the risks.

使う前に、本当に必要かを考えてほしい。任意の上級者向けの機能で、危なさを十分に理解していない限り勧めない(当校訳)

この別のウォレットを、脅されたときの「おとり」として使えるかどうかは、Trezorの公式ページには書かれていません。この記事でも確かめられていません。暗号資産を持ち始めたばかりの人が、レンチ攻撃への備えとして最初に手を出すものではない、と当校は考えます。先にやるのは、4章の1つ目と3つ目です。

6. まだ分からないこと

  • 日本国内の件数と事例。 警察庁・金融庁などの公的な発表は、この記事の調べでは見つかりませんでした。
  • ほかの会社の集計。 レンチ攻撃の件数を数えている会社はほかにもありますが、報道でしか確かめられていないうえ、数え方がChainalysisと違うため、この記事では並べていません。
  • フランス政府の対応の中身。 Chainalysisのレポートには触れられていますが、政府の発表そのものは確かめていません。
  • パスフレーズの別のウォレットを「おとり」に使う効果。 メーカーの公式ページに書かれていません。
  • 表の数字の外側。 Chainalysisの数字は公に知られた事件のもので、届け出られていない事件は入っていません。

塾長とミサキ(続き)

しばらくして、ミサキからまたチャットが届いた。

ミサキミサキ
「読みました。メモ、こうなりました。『持っていることと金額は、載せない』」
塾長塾長
「今、載せているものは見たか」
ミサキミサキ
「見ました。旅行の写真ばっかりだと思ってたんですけど……駅前のパン屋さん、5回も載せてました。最寄り駅、たぶん分かっちゃいます」
塾長塾長
「買う前に気づけたなら、順番はいい」
ミサキミサキ
「……あと、家族も狙われるって書いてありましたよね。じゃあ、母にも言わないほうがいいんですか。いつか買ったら、たぶん真っ先に話しちゃうんですけど」
塾長塾長
「そこは、今日の資料だけじゃ決められないな。次に一緒に考えよう」

今日できること

  • SNSに、暗号資産の残高や損益の画面、「〇〇円持っている」という投稿を載せていないかを、過去の分も含めて見直す。
  • 自分のウォレットのアドレスを、名前や顔が分かるアカウントに載せていないかを見る。
  • お金の話と、住んでいる場所が分かる写真が、同じアカウントに並んでいないかを見る。 Chainalysisが、下調べの手がかりの1つにSNSを挙げているためです。
  • パスフレーズの別のウォレットは、危なさを十分に理解するまでは使わない。 メーカー自身がそう案内しています。

まだ暗号資産を持っていない人は、「持ったら、持っていることと金額は載せない」と、買う前に決めておいてください。

この記事の一次情報と確認日

下の資料は、本文を取得して保存した写しと引用を照合しています(確認日:2026年11月3日)。英語の資料の訳は当校によるものです。

一次情報

  • Violent Wrench Attacks Targeting Crypto Holders(Chainalysis、2026年8月6日、英語):レンチ攻撃の定義と、自宅への押し入り・誘拐・人質の事件が含まれること、呼び名のもとになった考え方、暗号資産の持ち主が狙われる理由、2025年・2026年の被害額と件数、自宅への押し入りの割合、数字は公に知られた事件のもので少なく出ている可能性が高いこと、事件は数で見ればまれなこと、計画的で外に出た情報から選ばれていること、被害者の大半がその土地に住む人であること、家族や知人を狙う事件の割合、フランスの税務職員の件(疑い)、保有を公にすると狙われる理由になりうること、持ち主ができる4つの守り方。
  • Security(xkcd 538、英語):「5ドルのレンチ」が出てくる漫画。暗号を解こうとする想像と、5ドルのレンチでパスワードを言わせる「実際に起きること」。
  • What is a passphrase?(Trezor Knowledge Base、英語):パスフレーズで別のウォレットを作れる任意の上級者向けの機能であること、なくすとそのウォレットの資産に触れられなくなること、変更・削除・復元ができないこと、危なさを十分に理解していない限り勧めないこと。

この記事が確認していないこと

  • 日本国内のレンチ攻撃の件数・事例(公的な発表)
  • Chainalysis以外の会社の集計の報告書そのもの
  • フランス政府の発表そのもの
  • パスフレーズの別のウォレットを「おとり」に使う効果

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この記事は情報提供のみを目的としており、特定のサービスや商品の利用・購入を勧めるものではありません。

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